インタビュー

2020.04.03 更新

養子当事者インタビュー③ 「真の意味で子どもの権利を守る制度であるために」【NEW】

<養子当事者インタビュー②>

当事者の声から考える特別養子縁組制度のこれから

 真の意味で子どもの権利を守る制度であるために

特別養子縁組の当事者へのインタビュー、第3回は20歳代前半の男性Mさんです。2歳半のときに乳児院から家庭に迎えられたMさんは、幼少期から聞き分けの良い子どもだったそうですが、父からの厳しい教育や母からの過干渉など、家庭環境はつらいことが多かったと振り返ります。ご自身が両親との関係に悩んだことを、これからの特別養子縁組制度の運用に生かしてほしいという思いで、講演活動もなさっています。これからの特別養子縁組家庭のサポートに何が必要か、当事者の視点で語っていただきました。

(聞き手/ハッピーゆりかごプロジェクト 新田歌奈子)

 

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「実子同様」に育てるという意味

―ご両親とは現在どのようなご関係ですか?

私は大学を卒業して就職し、一人暮らしをしています。実家には年末年始は帰ることにしていますが、普段はほとんど連絡を取りません。私が育ってきた環境は、正直に言って安心できるものではありませんでした。父と母とは今でも折り合えていません。両親は私が特別養子であるということを認めることができないまま、「実子」として育てたかったのだと思います。

特別養子縁組という制度は、あくまで「子どもの権利」を前提に、「実子同様」に育てることができる制度であるはずですが、私の家の場合は、「自分の子どもがほしい」という親のための制度として機能してしまったのだと思います。

2歳を過ぎて乳児院から引き取られました。このことは、後に自分で調べて知ったことで、それまでは自分が養子であることはまったく知らされずに育ちました。周囲にも徹底的に伏せていましたし、母は「自分で産んだ子である」と思い込もうとしていたと感じます。母からも愛情は注がれていたと思いますが、それは過干渉ともいえる形で、私にとっては重苦しいことが多かったです。

父は一日中、私の勉強を指導していました。小学5年生くらいからは、理解できなかったり、間違ったりすると手が飛んできました。その恐怖感は今でも残っていて、友達が私の横で手を動かしただけで、「殴られる」という恐怖でビクビクすることがあります。

17歳のとき、私が勉強の問題が解けなかったことに対する怒りにまかせて、養子であると知らされました。その後、大学生になってから自分で戸籍を辿りました。私のことをサポートしてくださる方にも恵まれ、たいへん感謝しています。入所していた乳児院を訪ねて、職員さんとお話もさせていただきました。

振り返ると、幼少期の私の心の支えは祖父母の存在でした。小さいころから祖父母はとてもかわいがってもらいましたし、従兄弟たちとも仲は良かったです。祖父は他界し、祖母も記憶に困難を抱えていますが、特に祖母のことは大好きです。私の心が深く落ち込んだときも、祖母との思い出、祖母からの愛情が支えとなり、立ち直っていけたと思っています。

特別養子縁組を検討する際、祖父母が反対するケースもあるようですが、私にとって祖父母はかけがえのない存在でしたので、やはり祖父母の積極的な同意がある上で、進めていただきたいと思います。

私のように、両親との葛藤が強くない場合であっても、養子当事者は両親と血縁がないことに葛藤を抱えることはあると思います。そのような時期でも、祖父母に対しては、血縁うんぬんに捉われないで済むことが多いように思います。おじいちゃん、おばあちゃんという、核家族の一歩外にいる距離感で見守ってくれることは、養子当事者にとって貴重です。私自身、近くに祖母がいてくれたおかげで、家族の中で孤立せずに過ごせたと思います。

 特別養子の当事者団体が必要

―養子当事者として情報発信をなさっていますね?

大学生のときに、里子さんの団体でボランティアをしていました。私自身が特別養子だからという理由ではなく、一般のボランティアとしての参加していました。そのときに、里子さんたちには小さいころからこうした場があり、子ども同士のつながりもあり、学校ではない場所で話せる関係が作られている。いいなと思いました。そして、特別養子縁組にもこのような団体があるのだろう、私もその団体に入りたいと思って探してみました。しかし、特別養子の当事者団体はありませんでした。ならば、自分で団体を作りたいと思いました。

私自身も社会的養護を経験した若者の団体にも入っていますが、里親家庭や施設で育った方たちと、特別養子縁組家庭で育った私とでは、悩みの質が異なる部分も多く、同じ当事者団体としては共有しづらい話もあるように感じました。

こうした思いもあって、就職してから、休日を利用して講演活動を始めました。講演活動は、私の特別養子縁組制度に関する考え方や提言を発信すると同時に、特別養子当事者が経験を話すことで、同じ特別養子の方や関係者が集まってくれるのを期待しました。講演会にはこれから養子縁組を考えていらっしゃるご夫婦、養子縁組をなさった親御さん、研究者や支援者の方々など、さまざまな方が参加してくださっています。

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ネガティブキャンペーンはしたくない

―Mさんご自身のご経験をお聞きすると、制度の課題を考えていかなければならないと痛感します。

誤解してほしくないのですが、私自身は特別養子縁組制度のネガティブキャンペーンをしたいわけではないのです。私自身の経験については講演会ではできる限り、言えるところまで公表しています。その経験を伝えることで、これからの制度の運用のあり方を、より良いものにしていただきたい、という目的があってのことです。

当然ながら、私自身がこれまでの生活に不満がなければ、こうしたモチベーションにはならなかったとは思います。かといって、自分の不満を聞いてほしい、愚痴を聞いてほしい、というだけでは、この活動の意味はありません。話を聞いてくださった方から「かわいそうだったね」と思われて終わってしまってはいけない。

そのためには、私が経験してきたことやどのような感情を抱いていたかということを、自分のなかで整理したうえで、問題提起となるような形で伝えていく必要があると考えています。自分の中でも、その整理をするために試行錯誤しましたし、参加申し込みをいただいた方の背景を考慮した話をするために、直前まで資料も練り直しました。

実際、講演会を告知してみると、不妊治療をなさっているご夫婦がたくさんお見えになるということが分かりました。となると、私自身が感情をあらわにするような話し方はなおさら避けなくてはいけないと思いました。

 より良い発信の方法を試行錯誤

―当事者が発信することについて、気を付けていることはありますか?

いま、社会的養護のもとで育った子たちが、発信を始めていることは、とても貴重だと思います。ただし、その発信の仕方は、開催の場所によってもそれぞれ異なります。一つの小規模なサロンの中で発言するだけであれば、ご自分の経験や思いを吐露するだけでも、意味はあると思います。まだまだそれすら少ないのですから。

しかし、一歩踏み込んで、社会的養護の制度や施設の体制をより良く改善していきたいという意図を持って発信していくことも大切です。自分がおかしいと思う部分を変えたい、そのためにはどういう話し方をして、どういう人に伝えていけばよいか、計画を立てて進めていくことが大切だと思います。

私が思うに、若者が自分の子ども時代の経験を話すとき、話す機会を重ねれば重ねるほど、どうしても話を聞いてくれる方の顔色を見ながら、話す内容も変わってくることがあるように思うからです。

私が特別養子の当事者団体を作りたい理由の一つが、何か発信したい人の声が捻じ曲がって伝わらないようにしたい。聞いてくださる方への配慮はあっても、自分の気持ちに嘘はつかないで、脚色はしないで、自分の経験をどう伝えていくのか、ということに関しての方法を団体の中でも一緒に考えていければと思っています。

私自身、話を聞いてほしいというより、話を聞いてくださった方に、より良い制度のために動いてほしいということが、講演会を開く本来の目的です。特別養子縁組制度は、厳密には社会的養護の範疇ではありませんし、家庭に託すことができたという、成功例として捉えられていると思います。しかし、そこで育った子どもの中には、もっと制度がこうあってほしいという声なき声はあると思います。そのことを発信できる人はまだ少ないと思いますので、私が活動を通して発信していきながら、仲間を見つけて、協働していきたいと思っています。

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―ご自分の思いを聞いてくれる方はいましたか?

友達は、私が養子であることを知っても、すごく引くこともなければ、避けるようなこともありませんでした。話も聞いてくれました。とはいえ、友達に家庭での不満を話したとしても、相手も「人の親のことを悪く言いたくない」という気持ちもありますから、すべて理解してもらうのは難しいですよね。

なので、私も友達に家のことを相談することは少なくなりました。「学校に居る時や友達と居るときはその時間を楽しむ、そして家では感情のスイッチをオフにする」という日々が続きました。

それでも、急にいろいろな感情が溢れてきて、混乱しそうなときもありました。そんなときは、その思いを言語化しようと試みました。ノートにどんどん書き留めていきましたが、手書きのスピードが追い付かないと感じることもありました。今もブログなどで思いを発信していますが、内面にはその何倍も言いたいことがあります。こうした思いをどのように自分の中で整理していくか、という作業を常にしています。

―Mさんの幼少期にどういう支援が必要だったと思いますか?

最も大切なのは、やはり対話だと思います。私の両親は特別養子縁組であることも周囲に明かしていないうえに、一般の子育て家庭との交流も薄かったからです。養親同士、あるいは父親同士で何かしら話せる人がいることが大事だと思います。

同じ養親さん同士であれば、他の人には言いにくいこと、例えば「この子を養子だと思いたくない、自分の子だと思いたい」というようなことも打ち明けることができるのではないでしょうか。そこで解決策がすぐに出なくても、聞いてくれる人がいる、聞いてもらえるという環境があれば、自分の中でその気持ちを言語化し、整理していくことができます。そうすることで、いま自分がどのような状態にあるか理解することができる。それができれば、自分がどうなっていきたいかという道筋が見えてくる。そこで初めて、より良く変わっていきたいと思える気がします。

 不妊治療から休息期間を置いてほしい

―養子当事者として、これから養子縁組を考えている方へ必要なサポートは何だと思いますか?

養子縁組を考えているご夫婦は、私の講演会にも来てくださいます。決してハッピーな話だけではないとわかっていてお見えになりますので、養子を迎えた後のさまざまなことを真剣に考えていらっしゃる方々なのだと思います。

それを踏まえて、あえて申し上げたいのは、不妊治療をなさっているご夫婦が、特別養子縁組を検討するという流れが一般的であるように捉えられていますが、不妊治療において生じた心の傷の薬が特別養子縁組、ではいけないような気がします。それはある程度、別問題として捉えることも必要だと思うのです。

不妊治療において、身体的にも、金銭的にも、精神的にも負担を強いられている方が、それについての区切りをつけないまま、特別養子縁組に進んでいかれるのは心配なのです。特別養子縁組に向かう前に、不妊治療の傷をできるだけ癒せる休息期間といいますか、一定の時間が必要だと思います。それは私の母を見てきて切に思うことです。不妊治療の傷を癒す、ある意味で特別養子の子が身代わりのようなり、「実子同様に育つ」という、本来は子どものための制度である特別養子縁組が、実質的にそうではなくなってしまいます。

区切りのつけ方は人それぞれだと思いますが、特別養子縁組は不妊治療の延長線上にあるのではないということを理解していただきたいです。

私は現在、講演会などと並行して、養親さんやこれから特別養子縁組を考えていらっしゃるご夫婦と語り合う時間を設ける活動もしています。私の考えは、私の経験に基づいた個人的なものではありますが、当事者として「養親がこのような考え方をしてくれていたら良かった」ということを、お子さんを迎える前に知っておいていただければと思います。

―児童相談所やあっせん団体でもアセスメントはありますし、研修もありますよね。

もちろん、そうした研修に力を入れていただくことは大切だと思いますが、そこに養子当事者の思いや考察がどこまで反映されているかは再考の余地があると思っています。例えば、真実告知に関しては「3歳になる前までに、少しずつ」ということが定説になっていますが、「それさえやればよい」というような安心材料を提供するだけではないような研修であればよいと思います。

特別養子縁組家庭で育って良かったという当事者は、どういうところが良かったのか、あるいは嫌だと思った人のケースで、親はどのような行動を取っていたのか。私一人の物差しだけでなく、多様な当事者の経験から読み解いていくことが大切ではないでしょうか。

そのためにも、特別養子の当事者の仲間で団体を作り、子どもの立場から、養親さんや制度を作る方々、運用する方々へ届けていくために、活動を継続していきたいと思っています。

インタビューを終えて、、、、

Mさんのご両親は、実子として育て、養子であることを隠し続けようとしたとのことでした。「縁組後に真実告知などの支援があったとしても、うちの親は支援を受けなかっただろう。そういう親には縁組後の支援では遅い。縁組前にしか、養親の気持ちを変えられない」とおっしゃっていたのが印象的でした。縁組前のアセスメントや研修の重要性を改めて認識しました。
特別養子縁組の制度が出来て30年以上が経ちました。そのとき縁組された養子が成人し、自分の言葉で発信することがここ1~2年で増えてきたと感じます。今後、養子当事者の声が制度に反映されることを願います。特別養子縁組は子どものための制度ですから。

(日本財団 新田歌奈子)