イベント・メディア情報

サポーター宣言

2016.11.09 更新

河村裕美

私は、32歳のとき、結婚して1週間目に子宮頸がんを宣告され、子宮と卵巣、リンパ節の摘出手術を受け、子どもが産めなくなりました。がんになったことよりも、子どもが産めなくなったことに心を痛め、このまま夫と一緒に人生を歩んでいっていいのかと悩みました。その経験から女性のがんの体験者を支援する「オレンジティ」を立ち上げました。その後、私たちと同じ苦しみを味わってほしくないと患者の立場からがん検診を訴える「子宮頸がん啓発キャンペーン」を全国で行っています。結婚前、児童相談所に配属され、児童福祉司として里親担当として働いていたことから、里親制度というのは熟知していましたし、実際に特別養子縁組のケースワークなども行いました。里親を検討しましたが、病気をした自分が里親になってもいいのか悩みました。年月が経ち、身体も回復し、里親について夫と話し合い、里親登録しました。
登録後、かわいい女の子が私たちの家族になってくれました。特別養子縁組で家族になりました。今、子育ての真っ最中です。女性特有のがんは、治療によって子どもを産めなくなることがあります。また、特に子宮頸がんは、20代~40代のこれから出産、子育てを行う年代に多いがんです。医療が進歩し、がんの生存率も格段と高くなり、治療後、多くの方が普通の生活に戻っています。養子縁組に限らず子どもたちと家族になることができることは、これまで支援を行ってきましたがあまり知られていないのが現状です。私は自分の体験を通じ、様々な形で新しい家族を作る支援について提案し、一人でも多くの子どもが温かい家庭で暮らせる支援ができればと思っています。オレンジティホームページ

2014.12.02 更新

Cynthia Ruble(シンシア・ルーブル)

私にとって日本財団のパッヒーゆりかごプロジェクトは、長年の祈りを叶えてくれるものでした。日本財団が長期施設養育にかわって、特別養子縁組の推進に取り組んでくださっていることをとても嬉しく思います。日本財団が日本におけるマインドセットやシステムを変えてくれることを心より願っています。

(私が養子を迎えていなければ)息子は施設で育っていたかもしれない、と思うと胸が痛みます。私は誰かを「お母さん」と呼びたくても呼ぶことができない子どもたちがいることが考えられません。それは、あまりにも痛ましいことです。家族の愛情を知らない子どもがいては決してならないのです。

私は、危機的状態にある妊婦にとって養子縁組という選択肢がいかに重要であるかということも見てきました。多くの場合、自分で子どもを育てることができるか分からない妊婦は、もしどうしても育てることができないのであれば養子縁組という選択肢があるということを知ることで冷静になることができ、妊娠期間を健康的に過ごすことができるのです。これにより中絶や虐待から赤ちゃんを救うことができるのです。

もし日本社会が養子縁組をもっともっと受け入れることができれば、間違いなくその恩恵を受けることでしょう。

2014.10.21 更新

土井香苗

家庭で育つ権利は、子どもの基本的人権。
「赤ちゃん収容大国•日本」の汚名を返上し施設収容されているすべての赤ちゃんに特別養子縁組のチャンスがある社会に変えていきましょう。

 

2014.09.26 更新

大島由起雄

「子どもは親が育てるもの」。この常識にも見える考え方が、時として人を追い詰めることがあります。子どもは、祝福の中で生を受け、愛情ある人の手で育てられることが良いことであり、産みの親にそれが困難であるならば、しかるべき責任を持った他人が、「愛情ある人の手」となって育てていくことは、特別難しい考え方ではないのではないでしょうか。「血のつながり」は親子関係の重要な要素であることはたしかですが、血縁がなくても親密な信頼関係を築くことができる。「特別養子縁組」に出会った時、「多様性」を受け入れる考え方を法律から後押しするものと感じました。

虐待死は、0歳0か月が最多で、望まない妊娠が原因となっているケースが多いと見られています。しかし、「特別養子縁組」がしっかり機能すれば、赤ちゃんの命はもとより、産みの母親、養親となる夫婦も同時に救われる可能性が拓かれます。虐待で失われるかもしれない命に対し、私たちはすでに一つの大きなソリューションを手にしているとはいえないでしょうか。ハッピーゆりかごプロジェクトの活動を通して、ひとりでも多くの方と、「子どもはどのように育てられるのが幸せなのか」を考えていければと思っています。

 

 

2014.06.04 更新

山田真哉

子どもが欲しくて自分が不妊治療をしている時も、恥ずかしながら特別養子縁組という制度があることを知りませんでした。親にも赤ちゃんにも優しい制度が四半世紀以上前からすでに存在していて、既に大きな成果を上げていることを多くの人に伝えていきたいです