日本・海外でのインタビュー

2017.04.27 更新

「子どもが家庭で育つ社会に向けて」ロジャー・シングルトン卿 講演 その①【NEW】

日本子ども虐待防止学会 第22回学術集会 おおさか大会

2016年11月25日

日本財団 スポンサードセッション
「子どもが家庭で育つ社会に向けて」

英国 バーナードス元代表(CEO)ロジャー・シングルトン卿

私はこれまで、英国の児童虐待防止学会や国際会議などで話しをする機会がありましたが、こうした関連する分野の各専門職の方々が一堂に会する場でお話をさせていいただくことは、とても重要だと思っております。「弱い立場の子ども達の施設入所をどうすれば減らせるのか」ということについて、想像力とご関心をお持ちいだいたこと、私が日本に訪問できる機会をくださったことに感謝申し上げます。

 ◇ バーナードスとルーモスでの2つの経験

これから、私が経験した2つの組織についてお話をさせていただきます。
1つは、英国のNGOであるバーナードスでの経験です。もともと、入所施設での子ども達へのケアを提供していた組織から、家庭、里親家庭で、養子縁組というかたちで子ども達を支援することに姿を変えていきました。
2つ目は、もう一つの英国のNGOであるルーモスでの経験です。バーナードスでの経験は歴史的な部分もありますので、いま現在のルーモスでの経験も合わせてお伝えします。また、他の国でどのような取り組みがなされているかもご紹介します。
実は数カ月前に、日本財団とルーモスは数名の日本の国会議員の方々と児童相談所職員を対象とした英国視察研修を企画しました。そのとき私たちは、日本の国会で児童福祉法改正を検討中であったことを知りました。「家庭養育を原則とする」という改正です。そして、2016年5月27日、その法律が成立したとお聞きしました。この重要な法改正が、弱い立場の子ども達のためになりますように。そして、これから皆さまにお伝えする私の経験が、この法律を実施していくための役に立つことを願います。

バーナードスとルーモスの日本語訳はこちらから
バーナドスとルーモス.pdf

◇ 100年を経て脱施設化したバーナードス

まず、この二つの組織についてご紹介いたします。
バーナードスは1866年、当時医学生であったトーマス・ジョン・バーナードが創設いたしました。彼はダブリン生まれで、医療伝道師となるべく世界を旅しようとロンドンに向かいました。ところが、ロンドンでは厳しい路上生活を強いられている子ども達を目の当たりにし、愕然としたのです。彼は予定していた中国に行くのを止め、路上での生活を余儀なくされている子ども達を助ける組織を創設しました。そして、そのための施設を作り、子どものケアをし、教育・職業訓練も受けることができるようにしたのです。
バーナードは家庭での子どものサポートが重要であると信じていましたし、初期には里親養育も推進しましたが、この段階では主に入所型の施設ケアを行いました。当時は名称も「バーナードスホーム」でした。それがこの組織の最初の100年間でした。
1974年、私はバーナードスにディレクターとして入りました。そして1983年には代表に就任いたしました。その頃までには、この組織は乳児院を閉鎖していくことを決めていました。さらに、より年長児童向けの入所施設の閉鎖も決定していました。しかし、閉鎖へ向けたプロセスは始まったばかりで、私自身もまだ何百棟もあった施設の運営に携わっておりました。
ここで重要なのはバーナードスがNGOであったことです。NGOは自らの意思決定をすることが許されており、何をどのようにするか決めることができたので、政府や自治体からの制約を受けるということはありませんでした。
一方、続いてお話しするルーモスという組織は、政府と一緒になって、政府がすすめる脱施設化のプログラムを後押しする立場にあります。

バーナードホームのホームページ
http://www.barnardos.org.uk/what_we_do/our_history/history_faqs.htm

◇ JK・ローリングが創設したルーモス

ルーモスは設立約10年の組織で、その創設者は児童文学者のJK・ローリングです。ハリー・ポッターの作者としてご存知の方は多いと思います。10年ほど前、JKローリングは施設に入所している子ども達が、ひどい状況で暮らしている現実を東ヨーロッパで目にしました。それは、子ども達が檻のようなベッドに入れられ、ろくに食べさせてもらえず、トイレにもきちんと連れていってもらえず、放置、虐待されていた姿でした。
そこで彼女は決めたのです。「何か行動を起こさなくては」と。そして、私と1、2名の人と共に動き始め、そこからルーモスが設立されました。ちなみに、ハリー・ポッターファンではない方のために申しますと、ルーモスというのはローリングがハリー・ポッターにおいて作り出した呪文、暗くて怖い所に光をもたらす呪文です。
ルーモスは現在、政府、NGO、財団などと共に仕事をし、不必要な施設養護に終止符を打つための仕事をしています。「施設での悲惨な状況を改善したい」という願いで設立されたので、できるだけ施設は利用せず、家庭での養育を推進することに軸足を置いて運営されています。
では、施設ケアの利用をどのようにして削減できたのか、特に乳幼児向けの施設の利用がどう削減されていったのか、お話をしていきます。そして、家庭復帰における課題は何であったか、里親家庭や養子受け入れ家庭を探すことにどのような課題あったかという話の中で、バーナードスとルーモスの経験を交え、脱施設化にはどのようなプログラムが必要なのか、最後にわれわれが学んだ教訓についてお伝えしたいと思います。

ルーモスのホームページ
https://wearelumos.org/

◇ ジョン・ボウルビィの研究

第二次世界大戦後、日本同様、英国も大々的な復興プログラムに取り組まねばなりませんでした。子どもに関する分野では、WHO(世界保健機関)に依頼されて出されたジョン・ボウルビィの報告書が大きな影響を与えました。
そこには、子どもが母親の愛情を受けることができなかった場合に、その子どもの精神衛生、人格形成に大きな影響があるということが述べられていました。彼は、特に子どもが母親のケアを失った年齢とその期間が長期化することで、より影響が大きいことに着目していました。
ボウルビィは他の著名な人たちの研究にも言及しました。そして施設で養護されている幼児は、一般家庭の子どもに比べて、例えば「人の顔を見て笑うことができない」「刺激にうまく反応することができない」「栄養は整っているのに食欲がない」「体重が増えない」「不眠」「積極性に欠ける」というような状態がみられることを示したのです。
この研究から生まれたのが、サイコロジー(心理学)、ソーシャルワークといったものでした。これらの専門職を養成するコースは、ボウルビィの研究の重要性を鑑みて展開され、児童福祉のリーダー的な人たちの指針となりました。子どもの良き発達は、施設ケアの利用とは比例しないこと、それが特に幼い子ども達で顕著であるとわかったのです。
しかしながら、バーナードはこの新しい考え方をすぐには受け入れませんでした。それまで乳児院に多大な投資をしてきましたし、その中で働くスタッフのトレーニングにも力を注いできました。毎年、何百人もの若い女性が、保育師の資格を持ち、子どものための施設で仕事をしてきました。また質の高いスタッフを輩出すると評判も高く、乳児院としては最高のものとして受けとめられていたからです。

◇ 当時の乳児院の子どもの様子

ここでビデオをご覧いただきます。当時のバーナードホーム、乳児院の状況です。おかしなことに “ベビーズキャッスル”とも呼ばれておりましたが、それはなぜか、見ていただければおわかりになると思います。サイレントフィルムでナレーションはありませんが、バーナードスが資金調達のために作ったものです。1951年の状況において、ケアの質がどれだけ高かったのかということがおわかりいただけると思います。(動画上映)

バーナードホーム動画

いかがでしたでしょうか? ご覧いただいたように、充分な食べ物も与えられ、きれいな服を着せられ、とても優しく扱われています。ただ、子ども達の顔を見ると、あまり笑顔がなかったということにお気づきかもしれません。これは研究者も認識したことで、うれしい、楽しいという表現ができていないのです。
しかし、バーナードは新しく入ってきたスタッフからの、「施設入所という方針を検討し直さなくてはならない」というプレッシャーを感じ始めていました。
なぜなら、乳児院の子ども達の様子は、大人になかなかなつかなかったり、自己主張が強かったり、あるいはより未熟な行動に出たり、言葉の発達が遅れたりしていることがわかってきたからです。また、施設にいる子ども達を担当する人数は、子ども1人に大人が平均24.4人もいました。新しく訓練を受けた学生たちがどんどん実務に入ってくるため、数が増えるのです。これが家庭ならば平均2.2人で行われているのと比較すると、非常に多かったわけです。食事はしっかり与えられますが、毎日違うナースが子どもに食べ物を与えている。子どもにとっての“大好きな人”を作らないための処置でした。これではボウルビィの研究と相反します。
ボウルビィが前提としたのは、「幼児の健全なメンタルヘルスは、温かく親密かつ継続的な関係を母親あるいは母親代わりの人との間で構築する必要があり、それは一人に限る」ということでした。

◇ 世界の国々における研究および調査

ボウルビィの発表以降、施設入所が乳幼児にいかに影響するかという研究が様々な国でなされました。
2003年のギリシャの調査では、養育者に対する無秩序型(一貫性のない行動パターンを示す)の愛着が見られるのは、施設ケアを受けている場合は66%、一方で自分の家族に育てられて保育園に通っている場合には25%でした。
2007年のルーマニアの研究では、4歳半までの子ども達の認知能力が、長く入所していた子どもの方が、一度も入所したことがない、あるいは施設ケアから里親ケアに移行した子どもに比べて、かなり悪かったということです。
2010年の韓国での研究は、2歳まで施設入所している場合は、行動発達がよくないことが明らかになりました。
2012年ポルトガルの研究では、11ヶ月から3歳の子どもで施設に入所している子どもに高い割合の愛着障害が見られることがわかりました。

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【ロジャー・シングルトン氏 発表資料】

日本語版「子どもが家庭で育つ社会にむけて」

英語版 “Toward a society where children are raised at home”