日本・海外でのインタビュー

2017.04.04 更新

4月4日養子の日 すべては赤ちゃんの命を救うために 産婦人科医・菊田昇医師の妻・菊田静江さんインタビュー その②【NEW】

<産婦人科医・菊田昇医師の妻・菊田静江さんインタビュー>
すべては赤ちゃんの命を救うために
菊田昇医師の闘いが残してくれたものとはーーその②

その①からの続き

――菊田先生が願っていた実子特例法とは異なる点もありますが、特別養子縁組制度が成立し、戸籍に「長男」、「長女」と実子と同じように記載できるようになったことは、画期的なことでした。

そのことはとても喜んでおりました。ただ、産んだ方の戸籍に残らないことがいちばん望ましいとは思っていました。
公になってからは、全国の妊娠に悩む女性からの相談が相次ぎました。玄関に赤ちゃん置き去りにしていく人も現れてしまいました。また、子どもを育てたいという方々も集まってこられましたので、面接をして、帳簿にも記録を付けて管理を始めました。医師は菊田一人、あとは7人ほどの看護師さんたち職員が一丸となって対応しておりました。養子縁組が成立したのは、主人が亡くなってからの方が多かったかもしれませんが…。

――菊田先生がお亡くなりになってからも養子縁組の仲介をなさっていたのですか?

はい、続けておりました。主人は1986年の末に大腸ガンと診断され、1991年に亡くなりました。しかしその後も、養子縁組の相談を受けることは多かったので、千葉や埼玉の産婦人科医、教会関係の有志と連携して、「赤ちゃんを救う会」で第二種社会福祉事業を申請し、17年間続けました。
メンバーは関東と東北で離れていましたが、年に1回は関東か仙台の自宅のどちらかで総会を開いていました。妊娠をして困った方の相談は産婦人科医が、お子さんが欲しいという方の相談は東京の教会関係者が一生懸命に取り組んでくれました。メンバーの親戚がアメリカで弁護士をしていた関係で、国際養子縁組が多かったです。年間に10名ほどをつないだでしょうか。私は、宮城県内の相談者の対応や、役所への届け出や帳簿の記録などの事務管理をしておりました。ときおり、子どもを養子に出した女性が、結婚のご報告や相談に来られたり、養子を迎えた家族が会いに来てくださったりもしていました。メンバーの高齢化により、2010年に正式に活動を終えました。

子どものしあわせな成長を最優先に考える

――静江さんが続けていらしたことは存じ上げませんでした。菊田先生の行動は、静江さんがクリスチャンでいらしたことの影響が大きかったのでしょうか?

私と結婚する前から教会を訪ねてキリスト教についての話を聞いたことはあったようです。ただ、開業してからは、中絶依頼に対応せざるを得なくなり、中絶を認めていないキリスト教の教義との葛藤があったようでした。子どもがキリスト教の幼稚園に通うようになると「わざわざ行く必要はない」と反対した時期もありました。しかし、自分の信念を貫いて活動をした後、ガンの手術が終わってからでしたが、洗礼を受けたいと言ってくれました。私は病床にあった主人が亡くなるまで毎夜、ベッドの横で聖書を読み続けておりました。
亡くなる4カ月前には、国際生命尊重会議・東京大会で第2回の「世界生命賞」をいただきました。第1回のオスロ大会ではマザー・テレサが受賞された賞です。ほんとうに喜んでおりました。病室でも「このような賞をいただけて、おれは幸せな男だ」と申しておりました。満足してこの世を去っていったと思います。

――医師をなさっているご長男は、熊本の「こうのとりのゆりかご」を訪ねられたそうですね。

息子たちは主人がしたことについて多くを語りませんし、活動も継いでおりませんが、何か思うところがあったのだと思います。どのように運営なさっているのか、気になっていたのでしょうか。熊本には私に何も言わず一人で出かけて行きました。お目にかかった蓮田太二先生のことを「とても、とてもお優しい先生だったよ」と感激しておりました。

――現在は法律も変わり、運用についてさまざまな検討がなされています。法律を制定している方、養子縁組の仲介をしている方々へのメッセージをいただけますか。

主人の活動が全国的に広まったとき、アメリカやフランスに留学して法律を学んでいる先生方からもお電話がありました。「日本にしかるべき法律がないのは問題ですね。私たちもしっかり勉強してきます」と言っていただきました。アメリカは当時から養子縁組に対する偏見もなく、いろんな面で進んでいました。病気があっても、重い事情を背負って産まれてきた子どもであっても躊躇なく受け入れてくださる方々もいらして、主人も私もその気高い精神に感動しておりました。
ここにきて日本の法律も整備されているということですから、さらに広く周知されれば、たくさんの困っている人を助けることができるのではないでしょうか。日本の現状にがっかりしたこともありましたが、時代は変わってきているのですね。
主人は「赤ちゃんの命を救うために、一歩だけでも進めたい」と取り組んでいました。受け継いでくださる方がいらっしゃることを心からうれしく思っています。
特別養子縁組は、親になる方々の考え方をきちんと確認しておくことが何より大切だと思います。「将来、親の面倒をみてもらう」「病気がある子は育てられない」というような考えではなく、子どものためを考えているかどうかです。
親になる方はもちろん、特別養子縁組に関わる方々も、「子どものしあわせな成長を最優先に考える」ということを、どうぞこれからも大切にしていってください。
(聞き手・高橋恵里子 赤尾さく美   構成:林口ユキ)

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